論文紹介
大村秀章氏の講演と「新臨床研修医制度」
笠松 正憲
愛知政治大学院 個人論文個人(2006.10作成)
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自民党厚生労働部会長という要職にある氏の生の声を聞く機会であった。諸問題を抱える厚生労働領域で、私は「新臨床研修医制度」(以下「新制度」と略す)」に関心がある。
近年、医師の特定地域への偏在および医師不足(特に地方の病院)は深刻な社会問題である。その最大の原因は「新制度」であると考える。これまで医師免許取得後2年間の臨床研修は任意であった。それが、平成16年4月から必修となり研修が義務化された。これが「新制度」である。
『2007年度医師臨床研修マッチング』によれば、来春の新卒医師の臨床研修先は大学病院48.8%、市中病院51.2%で大学離れが続いている<旧制度では約70%が大学病院であった>。また、臨床研修医充足率(募集定員に対する割合)を都道府県別でみると、最高が東京の90%で、以下京都、福岡の順。最低は新潟の40%で、鳥取、富山、三重、青森と続く。さらに、専門研修進路(臨床研修終了後の卒後3年目医師の進路)も同様の傾向で、大学病院での勤務・研修は48.6%と5割を下回った(厚生労働省研究班「臨床研修に関する中間報告」)。「新制度」は医師の大学離れとともに、医師を都市に集中させる結果になっている。いままで地方への医師供給システムを担ってきた大学医局に研修医が残らなくなり、医師派遣余力が小さくなった。結果、このシステムに永年依存してきた、特に地方の病院は医師の不足となる。『一県一医大(無医大県解消)構想』で医学部学生は全国に分散しているが、その効果を打ち消している。
背景には、わが国の新自由主義の台頭、すなわち国家によるサービスの縮小(小さな政府、民営化)と規制緩和、市場原理主義がある。「新制度」もその延長戦上に存在する。独立行政法人化した大学病院や市中病院が、研修医獲得のためにさまざまな創意・工夫をするようになった。研修医は多くの選択肢から自由に研修先を選べるようになった。魅力のある組織でないと研修医が集まらなくなったのである。このことは、評価すべきである。しかし、その過程で医師が都市の有名大学、有名病院へ集中し、地方が医師不足となるのは、弱肉強食の新自由主義では当然の帰結なのである。医師不足は、国の無策のために生じた問題ではなく、国が医療を含め新自由主義へ向かって舵取りを進めていることのより生じた根源的な問題であると私は考える。
医療は”社会資本である”という考えで守られてきた分野である。国民の命を守る使命を持った医療分野に自由競争市場原理が持ち込まれようとしている。是非について、早急に政治的判断を下す時である。
(参考)
医師臨床研修制度の変遷 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/rinsyo/hensen/index.html
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