入院中の患者に係わる他医療機関受診の取り扱いについて

    笠松正憲 (名古屋市医師会調査室、医療法人かさまつ皮膚科理事長)


掲載雑誌:  名古屋医報,第1347号、p1〜7、2010.08


コメント: 


はじめに
 入院中の患者が、入院医療機関以外での診療が必要になった場合は、他の医療機関への転医または対診(他医療機関の医師が入院先に出向いて保険診療を行うこと)が原則であるが、必要な場合には他の医療機関を受診(以下、他院受診)することも可能である。実際、眼科・皮膚科・泌尿器科をはじめとした専門的診療科では、対診や他院受診が日常診療で行われている。
 他院受診の取り扱いについては、従来、特定入院料等算定病棟について規定されていた。すなわち、入院料は70%減額入院料の30%を算定)されるものの、他医療機関では専門的な診療科に特有な費用(処方料、処方せん料、調剤料等)や注射の費用(注射料、調剤料等)は算定可能であった。20104月診療報酬改定において「入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取り扱いについて」が改定され、適用範囲が出来高病棟へ拡大した。出来高病棟入院料の30%減額入院料の70%を算定)、他医療機関での処方料・処方せん料・外来化学療法加算の算定不可、調剤料の算定は受診日1日分のみに制限など、非常に困難な内容である。専門外の患者は他院受診を勧めるという原則を示しながらも、入院医療機関には入院料の大幅な減額を課し、紹介された側の他医療機関に対しては診療報酬請求に様々な制限を加える内容で、医療連携を禁止するかのような制度変更であり、事実、単科病院や有床診療所など診療科が限られている施設では対応に苦慮している。この厚労省保健局医療課長通知が、当初から不明瞭かつ現実に合わない内容であったのに加え、4月以降の数週間でその解釈が二転三転した。机上のプランが医療現場に大きな混乱と不信をもたらした典型例である。

通知及び疑義解釈の経緯と今後の課題
 「入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取り扱いについて」の通知・疑似解釈などの経過をまとめるとともに、その時点での解釈を述べる。

(1)120日の中央社会保険医療協議会(以下、中医協)総会)
 特定入院料等算定病棟と同様に、出来高病棟についても他院受診のルールを見直すことを決定した。A医療機関に入院中の患者がB医療機関を他院受診した場合に、A医療機関は「入院基本料は30%(案)を控除した点数を算定する(3割減額)」、B医療機関は「医学管理、在宅等は算定できない」、と記載された資料が配布された)。この件について、中医協委員からの意見はなかったとのことである(病院と診療所の再診料統一や外来管理加算の5分ルールが議論の主題となった会であり、ほとんどの時間がこれらに費やされたようである)。

(2)35日の課長通知) 329日の「疑義解釈資料(その1)」)
 <原文抜粋>
 「投薬、注射(当該専門的な診療に特有な薬剤を用いた受診日の投薬又は注射に係る費用を除き、処方料、処方せん料及び外来化学療法加算を含む。)及びリハビリテーションに係る費用は算定できない。」)
<原文抜粋>
(問) 他医療機関受診時において、処方料、処方せん料は算定できないとあるが、この費用は入院中の医療機関との合議による精算となるか。
(答) 処方は入院医療機関で行う。) 

B医療機関における「医学管理、在宅等は算定できない」の詳細が示され、処方は原則として入院中のA医療機関がおこなうとの方針が明示された。ただし、専門的な診療に特有な薬剤を用いた場合は、B医療機関は受診日1日分の処方は可能である(但し、処方料、処方せん料は算定できない)。それ以降の薬剤は診療情報提供書をもとにA医療療機関が処方する。B医療機関が院外処方の場合は、入院患者に対し処方せんは発行できないので、すべての薬剤をA医療療機関が処方する。A医療機関に当該医薬品がない場合は、院内で工面することが必要となる。すなわち、他医療機関の処方料・処方せん料・外来化学療法加算の算定不可、処方の受診日1日分限定が明示された。
(ケース1)B医療機関(院内処方の場合)が14日分の内服薬を処方する場合、処方料・処方箋料は算定せず、1日分の処方を行う。A医療療機関は内服薬を院内で用意し13日分処方する。

(3)430日の「疑義解釈資料(その3)」)
<原文抜粋>
 (問)出来高病棟に入院中の患者が他医療機関を受診した際に、投薬が必要となった場合、当該他医療機関の受診時に使用する薬剤を除き、入院中の医療機関が処方することとなっているが、薬事法上の取扱い等において処方を行う医療機関が限定されている医薬品等の処方については、どのように取り扱うのか。
 (答)処方は、原則として入院中の医療機関が行うが、薬事法上の取扱い等において処方を行う医療機関が限定されている医薬品等、専門的な医師の診療の下で処方することが必要な薬剤については、当該他医療機関にて処方するか、他医療機関の処方せんに基づき薬局で調剤を行うものとする。
 この場合において、他医療機関又は薬局が処方又は調剤した薬剤に係る費用については、
薬剤料については、入院中の医療機関が請求を行うこととし、その上で、入院中の医療機関は他医療機関又は薬局に対して合議でとりきめた費用を支払うこと。
・他医療機関における処方料又は処方せん料や薬局における調剤技術料については、それぞれ他医療機関又は薬局において請求すること。

薬事法上、取り扱う医療機関が限定されている医薬品に限り、329日の疑義解釈(その1の制限が緩和された。薬事法上の取扱い等において処方を行う医療機関が限定されている医薬品等とは、「メチルフェニデート(リタリン、コンサータなど)やサリドマイドなど」(厚労省保険局医療課)である。この疑義解釈における対象薬剤の範囲を各団体が問い合わせたところ、(ア)薬事法上の取り扱いにおいて処方を行う医療機関が限定されている医薬品、(イ)専門的な医師の診療の下で処方することが必要な薬剤、の両方が該当することとなった。また、院内処方のみでなく院外処方も可能となり、処方日数の制限も消えた。ただし、費用の取り扱いは以下のように複雑である。

・薬剤料については、入院中のA医療機関が請求。
(入院中のA医療機関はB医療機関又は薬局に対して合議でとりきめた費用を支払う。)
 ・処方料又は処方せん料や薬局の調剤技術料については、それぞれB医療機関又は薬局が請求。

     費用の取り扱い

 

B医療機関、薬局

 

A医療機関(患者入院中)

 

出来高病棟

薬剤料

 

×※注

※注

 

処方料又は処方せん料、薬局の調剤技術料

 

×

 

※注1 A医療機関からB医療機関、または薬局への合議で清算

(ケース2)B医療機関(院内処方の場合)が14日分の内服薬を処方する場合、14日分の処方が可能(処方料・処方せん料も算定可能)。ただし、14日分の内服薬を患者に渡すにもかかわらず、薬剤費は算定しない。薬剤費はA医療機関が請求し、A医療機関はB医療機関と合議でとりきめた費用を支払う。

(4)511日の参議院厚生労働委員会

参議院厚生労働委員会で共産党の小池晃氏が「他院受診」について質問した。「入院料の3割減算、投薬規制」を問題視したところ、足立信也厚生労働政務官が、「前向きに検討したい」、長妻昭厚生労働大臣は「中医協に対して、診療報酬を議論して、その後のチェック、実態把握、課題は何なのかという議論もお願いしている。よく調べていきたい。」と発言。

(5)62日の中医協総会
 鈴木邦彦・日医常任理事は、「高齢者などは複数の疾患を持っており、通知は現実に合わない。受診制限にもつながりかねない。」と主張し、加えて「入院中の他医療機関受診については原則対診で対応するものであろうが、専門医療機関から往診に来てもらえず、入院医療機関の職員が付き添って他医療機関に連れていく状況があり、特に精神病院や有床診療所の経営を圧迫している」と臨床現場の実情を訴えた。安達秀樹・京都府医師会副会長は、「入院基本料の減算については、そもそも入院基本料とは何か、また病院の複数科受診の再診料の取り扱いの問題などとも絡んでくるため、総合的に議論しないと最終的な結論は出ない。投薬の問題については財政的には中立(医療費総額には影響しない)なので、現場が混乱しないよう、応急処置をしてほしい」と課長通知の見直しを求めた。これらの結果、出来高病棟の場合における他医療機関受診の投薬料については、医療課長通知を見直すことになった。

(6)64日の課長通知) 及び「疑義解釈資料(その4)」)
<原文抜粋>
ただし書にかかわらず、出来高入院料を算定する病床に入院している患者の場合には、他医療機関における診療に要する費用のうち、当該専門的な診療に特有な薬剤を用いた投薬に係る費用は算定できる)

62日の中医協総会での議論をふまえ、出来高病棟入院患者の投薬料算定方法が変更された。他医療機関を受診した場合、必要な期間分の投薬料の算定が可能になり、薬剤料をA医療機関が請求するなどの規則も撤廃された。この点については、改定前のルールに戻ったことになる。

(7)
今後の課題
 64日の課長通知により、出来高病棟入院中の患者に関する投薬料算定方法は改定前のルールに戻った。ただし、特定入院料等算定病棟入院患者の取り扱いには言及していない。特定入院料等算定病棟入院患者については、前述した35日の課長通知が適用となっていると考えるのが自然である。また、入院側の減額規定、他医療機関が算定できない項目などが残り、根本的な問題解決には至っていない。厚労省から必要な情報がすべて明らかにされているわけではなく、今後の通知等により取扱い方法が変更される場合もあるので、最新の情報には注目していきたい<最新の情報・通知は厚労省のホームページ)から入手ください>。なお、この文章は現在の情報(執筆日625日)をもとに記述している。

入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取扱い
 対診・他院受診の原則的な取り扱いを @A医療機関入院中の患者がB医療機関へ赴いて受診した場合、AB医療機関の医師がA医療機関の入院患者を往診(対診)した場合、に分け、取扱い方法をまとめた。

@  A医療機関入院中の患者が、B医療機関へ赴いて受診した場合
 入院患者が入院中の医療機関以外での診療が必要となった場合は、転医又は対診を求めるのが原則で、転医又は対診が不可能・非現実的な場合に他院受診を考えるのが取り扱いの基本となる。

(1)入院患者に係わる他医療機関受診の取り扱いの概略(○算定可能 △一部算定可能 ×算定不可 ―想定外)

@ 出来高病棟
 A医療機関の入院基本料は30%を控除した点数(70%の点数)を算定

 

 

B医療機関


外来

A医療機関(患者入院中)

 

出来高病棟

初・再診料

 

 

診療行為に係わる費用

 

1

×

 

A 特定入院料等算定病棟
 A医療機関特定入院料等は70%を控除した点数(30%の点数)で算定>(ただし、条件によっては基本点数の30%を控除した点数(70%の点数)の場合もある)

 

 

特定入院料算定病棟

 


外来

包括部分

包括外部分

 

初・再診料

 

 

診療行為に係わる費用

 

1

 

B DPC対象病院
他医療機関が行った診療行為も含めてコーディングを行い一括して請求する
(他医療機関において実施された診療にかかる費用は、入院医療機関の保険医が実施した診療の費用と同様の取扱いとし、入院医療機関において算定する。診療報酬の分配は、相互の合議に委ねる) )

 

 

DPC対象病院

 


外来

包括部分

包括外部分

 

初・再診料

 

×1,2

×2

 

診療行為に係わる費用

 

×2,3

2

 

1 医学管理・在宅等は算定できない
2 A医療機関からB医療機関への合議で清算
3 B医療機関が提供する診療行為を含めて診断群分類が変更される場合がある

(2)B医療機関が算定できる項目(出来高病棟、特定入院料等包括病棟)

点数項目

算定の可否

初・再診料

○(短期滞在手術基本料2及び3は×)

医学管理等

×(診療情報提供料のみ○)

在宅医療

×(在宅療養指導管埋材料加算、薬剤料等も含め全て算定不可)

検査・画像診断

投薬・注射

出来高病棟:特有な薬剤を用いた投薬に係る費用はすべて○
特定入院料等算定病棟:×(ただし、専門的な診療に特有な薬剤を用いた受診日の投薬又は注射の費用は○。処方料、処方せん料、外来化学療法加算は×)

リハビリテーション

×(言語聴覚療法に係る疾患別リハビリテーション料は○)

精神専門療法・処置・手術・麻酔・放射線治療・病埋診断

(3)A医療機関の入院料減額について

@ 出来高病棟
 入院料は入院基本料等の基本点数の30%を控除した点数(70%の点数)を算定する

A 特定入院料等算定病棟
入院料は特定入院料等の基本点数の70%を控除した点数(30%の点数)で算定する。ただし、B医療機関が初・再診料のみの算定<入院料に含まれる点数がない場合>であれば、特定入院料等の基本点数の30%を控除した点数(70%の点数)で算定する。

B DPC対象病院
 入院料の減額はない。ただし、B医療機関は保険請求できないので、A医療機関からB医療機関への合議でB医療機関の診療行為の費用を清算する。

(4)A医療機関の手順(入院側の手順)

診療に必要な診療情報の提供
 A医療機関が「診療に必要な診療情報」をB医療機関に提供する。算定している入院料、外来受診が必要な診療科を記載する。ただし、診療情報提供料の算定は認められない。

レセプト記載事項(例 出来高病棟の場合) 
 診療報酬明細書の摘要欄に「受診理由」、「診療科」、「(他)(受診日数:○日)」を記載する。 

B医療機関との費用の清算
 DPC対象病棟の患者の場合、B医療機関は一切レセプト請求をすることができない。外来診療に係る費用は合議で精算する。DPC算定病棟の患者以外の場合であっても、B医療機関で請求できる点数には制限があるため、精算が必要な場合も想定される。

(4)B医療機関の手順(外来側の手順)

「診療に必要な診療情報」の確認
 「診療に必要な診療情報」に係る文書を確認。当該患者に算定されている「入院料」等を確認。

窓口での一部負担金徴収など
 出来高病棟や特定入院料等包括病棟の患者からは、レセプト請求する点数につき所定の一部負担金を徴収。A医療機関へ診療情報を提供した場合は、診療情報提供料の算定が可能。DPC算定病棟の患者においては、レセプト請求できるものがないため患者の窓口一部負担金は発生しない。

レセプト記載事項(出来高病棟、特定入院料等包括病棟の場合)
 診療報酬明細書の摘要欄に「入院医療機関名」、「患者の算定する入院料」、「受診理由」、「診療科」、「(他)(受診日数:○日)」を記載する。DPC算定病棟の患者の場合は、レセプト請求が発生しないため記入不要。

A医療機関との費用の清算
 DPC対象病棟の患者の場合、A医療機関と合議で精算することになる。また、DPC対象病棟の患者以外の場合であっても、B医療機関が請求できる点数には制限があり、A医療機関との精算が必要な場合も想定される。

A   B医療機関の医師が病院の入院患者を往診(対診)した場合
 対診に係る点数の算定については、20104月改定では変更されていない。

(1)入院患者に係わる対診(往診)費用の取り扱いの概略(○算定可能 ×算定不可 ―想定外)

@ 出来高病棟

 

 

B医療機関


対診

A医療機関(患者入院中)

 

出来高病棟

初・再診料/往診料

 

4

 

診療行為に係わる費用

 

×2

2

 

A 特定入院料等算定病棟
B DPC対象病院 (DPC対象病院の場合は、B医療機関の医師が実施した診療にかかる費用は、A入院医療機関において算定する。なお、診療報酬の分配は、相互の合議に委ねる。)

 

 

特定入院料算定病棟

 

DPC対象病院

 


対診

包括部分

包括外部分

 

 

初・再診料/往診料

 

4

 

 

診療行為に係わる費用

 

×2

×2,3

2

 

 

2  A医療機関からB医療機関への合議で清算
 ※3  B医療機関が提供する診療行為を含めて診断群分類が変更される場合がある
 4  定期的・計画的に行われる対診の場合は往診料の算定ができない

(2)B医療機関が算定できる項目
ア.出来高病棟、特定入院料等算定病棟の場合
 初・再診料および往診料を算定できるが、診療行為の費用や診療情報提供料は算定できない。交通費は病院に請求する。

イ.DPC対象病院の場合
 A医療機関からB医療機関への合議で、B医療機関の診療行為費用を清算(B医療機関は、初・再診料、往診料、診療行為の費用や診療情報提供料などの全ての費用を保険請求できない)。

入院患者の他医療機関受診の実態
 入院患者の他院受診実態データには、岡山県保険医協会「入院中の患者の他院受診緊急実態調査」)(公表平成22531日)がある。これによれば、「自院入院中の患者を他院に診察依頼した経験がある病院・有床診療所」80.0%、「他院入院中の患者を外来診察した経験がある医療機関」59.2%と高率である一方、「他院入院中の患者を対診した経験がある医療機関」は23.5%にとどまっている。

医療機関側が対応に苦慮している実態例
・「DPCで入院中だけど、眠れないから薬ください」と言われ、「あなたはDPC病院入院中だから」と説明すると、病院の医師・看護師に頼めないから来たのに、と怒られる始末(無床診・外科)
・他院を受診して
30%控除は厳しい(病院・内科)
・事務的な面で受診先の医療機関に手間を取らせることもあり、「心証を害することが懸念される」との事務部門からの報告もある。(病院・精神科)
・請求方法が明確でない為、いつも困惑しています。又、対診しても結局請求せずの場合もあります(無床診療所・眼科)

B.外来側医療機関が抱える二大問題
 「他院受診」の理由は多岐にわたるが、入院医療機関からの依頼に限らない実態も浮き彫りになっている。

(1)患者や家族による「勝手受診」の例(「勝手受診」とは、入院医療機関の許可なしに患者や家族が外来受診すること)
・入院中にかかわらず、家族が薬のみ取りに来るケースが多い。もちろん、入院先に申し出ずに来院する(有床診・眼科)
・整形外科有床診に入院中。家族が本人の代わりに降圧薬を受け取りに来た。入院中であることは後で分かった(無床診・内科)

(2)入院側の『薬はかかりつけ医で』指示の例
・入院中の患者の家族が、「いつもの薬をもらってくるよう言われた」とのことで、処方した(無床診・内科)
・いまだにDPC対象病院入院中でも定期薬を取りに来る人が多い。患者が制度を理解できていない(無床診・外科)

この調査から、入院患者の他院受診が日常的に行われている実態がわかった。他院受診が必要とされる理由は様々であるが、他院受診が必ずしも入院側の依頼からはじまるまるわけではないことも明らかとなった。「患者・家族の勝手受診」とともに、入院医療機関側からの「薬はかかりつけ医で」との指示が、多数存在することか浮き彫りとなっている。また、入院医療機関が他医療機関への対診依頼を遠慮し、職員が付き添って他医療機関に連れていく実態は興味深い。いずれにせよ、医療現場の現実や医療機関の連携状況・患者の受療動向を踏まえれば、今回の「入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取り扱いについて」は机上のプランと言われても仕方がない。

終わりに
 今回「入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取り扱いについて」をテーマに取り上げたのには理由がある。4月の診療報酬改定直後に、某有名病院(DPC対象)入院中の患者が相次いで入院の事実を告げずに私の医院を受診した。後に入院の事実が判明し、この病院と話し合いをしたが、病院事務スタッフは一部を除き今回の改定を知らなかった。当然のことながら病棟においても、患者は他院受診についての説明を受けていなかった。さて、私自身も過去を遡れば多くの反省がある。往診時に、在宅患者往診と入院患者対診の区別をしていない時代もあった。対診先の病院で、スタッフが入院患者の家族に『かかりつけ医で内服薬をもらってきてください』と指示しているのを聞く機会もあり、さらには『この病棟は包括なので、往診側の診療所から薬を処方してください』と無理なお願いされたこともあった。我々医療従事者も、ルールをよく勉強をしなければならないのである。
 医療内容が高度化し専門分化が進む中、急性期と長期入院の病床区分や入院料の包括化が、入院医療の役割自体を限定している現状がある。1つの医療機関で患者の全ての治療に対応するのは不可能である。以前にもまして、他医療機関との連携は重要となっている。入院医療機関が実施できない専門的診療を他医療機関に依頼した際に、その医療行為に対して「請求できない」「投薬は認めない」というのであれば、現物給付の原則は崩れ、良質な医療の提供は困難となる。現実に患者は複数の疾病を抱えており、他医療機関受診の制限は入院患者の症状を悪化させかねない。患者にとってはフリーアクセス権を含む、自らが望む医療を受ける権利の侵害につながるものである。
 今回、入院医療機関には根拠の不明な「入院基本料の減額」規定が盛り込まれた。そもそも入院料の30%減額(出来高病棟)、70%減額(特定入院料等算定病棟)の根拠が不明確である。特に出来高病棟における減額は重大である。出来高病棟は、他医療機関受診日も患者の全身管理を行っていることには変わりはなく、入院基本料を減算する根拠は乏しい。62日の中医協総会で、安達氏が「そもそも入院基本料とは何か」と問題提起しているが、出来高・包括を問わず、入院基本料に対する根本的な議論が必要である。第一線の入院医療を受け持ってきた中小病院や有床診療所の存続が困難になるようでは困る。
 さて、外来側医療機関はどのように対応すれば良いのだろうか。実際には、それらしい患者が受診した場合、問診時に入院していないかを確認するぐらいしかできないのである。先に「B医療機関の手順(外来側の手順)」を記述したが、その通り行えば問題が生じないという制度ではない。「勝手受診」は現在の取扱い方法では防止できない。仮に、窓口で入院の事実が判明した場合は、入院病院名・患者の算定する入院料の確認が必要であり、通常の外来患者と同様に扱って良いわけではない。事務には大きな負担となる。
 そもそも、入院中の患者が入院の事実を告げずに他院受診した場合、誰に責任があるのだろうか。受診教育が不十分な保険者なのか?入院中の他院受診ルールを指導しなかった入院機関か?はたまた、患者が入院中であることを確認できなかった外来側医療機関なのか?「勝手受診」については、その責は保険者が負うものとし、入院側・外来側いずれからも減点を行わない仕組みにしてほしいものである。
 紆余曲折があり「他院受診」について見直しがなされたが、解決したのは出来高病棟入院患者の投薬料に関する事項のみで、入院基本料が30%減額される点、リハビリテーションなど算定できない項目の存在、特定入院料等算定病棟入院患者の他医療機関での投薬料算定方法、については問題が残ったままである。今回の「入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取り扱いについて」の改定は医療の実態を無視するものであり断じて容認できない。
 最後に、62日の中医協総会後に厚労省保険局医療課が残したコメントを記しておきたい。「本来、入院患者の入院医療はその医療機関でやるべきこと。対応できない場合は、総合病院などに紹介する。ただし、地域の事情などで場合によってはすぐに転院先等が見つからない場合もある。『合併症のある患者の入院はお断り』といった事態になるのを防ぐため、調整のルールとして通知をまとめた。他院受診がこんなに行われていたのは想定外であり、もしそうであれば、実態をきちんと把握し、入院基本料の議論に反映させるべき」。官僚の方々は、医療現場に足を運び、現実社会をもっと冷静にみるべきである。医療現場は実験の場ではない。事前の十分なシュミュレーションを求めたい。

参考資料
(1)中医協総会資料「入院中の患者に係る対診・他医療機関受診の取り扱いについて」(2010120日) 
     http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/01/dl/s0120-2f.pdf

(2)厚労省保険局医療課長通知「医科診療報酬点数表に関する事項」(201035日)
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-029.pdf

 (3)厚労省保険局医療課 疑義解釈資料の送付について(その1) 2010329日)
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-100.pdf

(4)厚労省保険局医療課 疑義解釈資料の送付について(その3)2010430日)
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-106.pdf

(5)厚労省保険局医療課長通知「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項通知について」の一部改正について
   (
201064日) 
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-114.pdf

(6)厚労省保険局医療課 疑義解釈資料の送付について(その4) 201064日)
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-109.pdf

(7)厚生労働省 平成22年度診療報酬改定について 
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/index.html

(8)厚労省保険局医療課長通知
   「厚生労働大臣が指定する病院の病棟における療養に要する費用の額の算定方法の一部改正等に伴う実施上の留意事項について」
   
2010319日) 
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-086.pdf

(9)岡山県保険医協会 入院中の患者の他院受診緊急実態調査<最終集計> 
      http://www16.ocn.ne.jp/~oka-hok/tainshukei100531.pdf